『アイスクリームの日』というのが毎年、僕を困らせる悩みの種だった。そんな事を言うとあなたは何を言ってるんだ、コイツ…。という目で見るかもしれない。アイスは好きだ。でもアイスクリームの日がダメなんだ。
なぜそんな事になったのか、そしてアイスクリームの日の今日、5月9日、僕はどういう行動を取ったのか。その一部始終を話していくとしよう。
アイスクリームの日が一体どんな日なのかあなたは知っているだろうか?
東京アイスクリーム協会が1964年(東京オリンピック開催年)にアイスクリームの消費拡大を願って、ゴールデンウィーク明け、アイスクリームのシーズンインとなる5月9日に色んな施設にアイスを配ったそうな。それ以降、つまり1965年から5月9日をアイスクリームの日と呼び、チャリティーを行っている。サーティワンも昔は無料でアイス提供してたよね!アイスを貰った人は気持ち分をチャリティー募金するってやつ。いつからか100円提供になっていた…
アイスクリームの日と聞くと僕は毎年あの出来事を思い出す。
毎年5月と11月はなぜか体調を崩してしまう。精神的に落ち込む鬼門の月。今年もご多分に漏れず5月に入ると、どうにもどんよりした気持ちになっていて、それにも負けじと散歩をしていた。
ちょうど昨日の事。雨が降る中、6万歩を歩く僕。途中でサーティワンのお店を見つけ、あぁ。今年はアイスクリームの日、もう過ぎたんだっけな?なんて思いつつ、歩けども歩けども気分が晴れない。
思い出すのはMの事。
僕がアイスクリームの日を知ったのは大学1年の春の事。浪人して入った大学で新入生歓迎会の時期も過ぎ去り、たいして新しい友達が出来ない僕だったが、同じ高校でストレートで早稲田に入学した(つまり1つ上の学年の)女の子と知り合った。
彼女は僕よりも1年早く大学生をやっていたわけだが、どうやらあまり友達が出来ていないらしい。高校時代に一度も話をしたこともなかった子だったが、なぜか意気投合しゴールデンウィークに知り合いを呼んで、どこかへ遊びに行こうという事になった。
僕は同じ語学クラスで比較的よく話す男子を誘い、彼女は同じ中学校の友達、Mを誘ってグループで横浜にドライブをしにいった。まさに大学生ライフなノリである。ただ、偶然というのはよくあるもので、彼女が連れてきた同じ中学校の友達Mというのは、僕が中学生の時に一瞬だけ通った塾で同じクラスの子だった。
中学生の頃のMは髪の毛を短くしてボーイッシュなイメージが強い男の子のような女の子だったが、髪の毛をロングにし、茶色く染めていた。いつも笑っているような子で、でも瞳は泣いているような、不思議な魅力を持った女の子。ボーイッシュなあの子は完全に“女性”になっていた。
まぁ、端的に言えば僕はその女の子、Mの事が好きになってしまったわけだ。塾が一緒だったとかいう再会効果もあったと思うが、完全なるギャップ萌え。そして横浜のドライブの後、僕は二人で遊ぶ約束をした。
それがアイスクリームの日である5月9日。
「今、どこ行ってたかわかる?」と、待ち合わせで出逢ったMは言った。
そんなん知らんがなと、家からまっすぐに待ち合わせ場所まで来た僕は思ったが、彼女は「サーティワン!」と楽しそうに言う。
「アイスクリームが無料でもらえるのだぁー」と、Mの言葉で僕は初めてアイスクリームの日の存在と、その日にはサーティワンで無料でアイスが貰える事を知った。チャリティー募金にお金を入れてくれた人にアイスを提供するので、正しくは無料ってわけではないが、アイスは正義!と笑う。
僕はアイスを口の周りにちょこっとだけつけたままのMとカラオケに行き、その日の帰りに告白をした。
再会してすぐの告白というのもあり、さんざん迷っていたMだったが、大学2年からお笑い芸人の養成所に通うつもりだった僕は…
「僕と付き合うととりあえず、むっちゃ笑う!笑う事が幸せな事かどうかは人それぞれだけど、幸せな時は多分笑っている!だから僕と付き合ったら少しは幸せに近づく!」と、ナルシスト満載でゴリ押しな、今こうして書きながらも恥ずかしくなってしまいそうな告白をし、Mと付き合う事になった。
そしてその2週間後、彼女は僕の前から消えた。
同じ大学のサークルの男子に、彼氏が出来たと言ったら告白されて、そっちがいいからそっちと付き合う事にしたのだそうだ。
そんなこんなで僕の大学での初めての彼女への恋は、夏の暑さを知ることもなくアイスのように溶けてしまった。まぁ、しかしそんな挫折なんて屁でもなんでもなかったと思い知る経験が数年後の同じ5月には待ち受けているのだが。それはまた別の話。
5月病と世間では言うようだけど、僕の人生では5月に嫌な事が重なった。そして何年経っても5月になると気分が落ちこんでしまう。そんなこんなな今年の5月。
Mからアイスクリームの日は今日だという事を教えてもらう
朝から嫌な気分だった。天候は悪く、いつも以上に幻聴が聞こえる。なんとも悶々とした気持ちでたまらず朝から友人に愚痴ってしまった。しかし、太陽のような性格の友人は僕の愚痴などものともせず、明るくアイスクリームの画像を貼り付けてきた。
この友人。とあるスポーツをやっている時に知り合ったのだが、実はイニシャルがMであり、誕生日も付き合っていたMと一緒。血液型もMと一緒。偶然とは不思議なものだ。初めて出逢った時になぜか誕生日がわかってしまった。こいつストーカーか!?なんて怪しい目で見られたのを覚えている。
悪い思い出は上塗りすればいい。あれ以来アイスクリームの日にサーティーワンに行くことを避けていた僕だったが、こっちのMに教えてもらったのもなにかの縁だとサーティーワンに行くことに決めた。
しかし。悲劇はそう簡単には止まらない。
サーティーワンのアイスクリームの日には…
さて、100円でサーティーワンが食べられるとなると何の味を食べるかとなるわけだが、アイスクリームの日にサーティーワンで100円でアイスが食べられるのは一人一回。しかもシングルコーンなので、一種類だけだ。
普段食べない味を食べるべきか。いつも食べる味を食べるべきか。迷いどころ。そこでひとつのアイディアを閃く。
サーティーワンをはしごすればいいんじゃね!?…と。
そう。いつも歩いているコースにはひとつのサーティーワンしかないが、どうせ6万歩も歩くのであれば、いつものコースではなくサーティーワンめぐりをしてもいいのだ。
そして公式ページを見る。
な!なんだとぉぉおおおお!?実施時間あるんかい!!アイスクリームの日というより、アイスクリームの時間やないか!!ってか、やばい!すぐ行かないと終わりそうじゃないかぁぁぁ!!
僕は普段なら絶対にしないであろう、現在色落ち育成中のジーパン姿のまま、目の前に置いてあった100円をとりあえずポッケに強引に突っ込み、家を飛び出した(ジーパンは汚れると洗わなきゃいけなくなるので外には履かないようにしてる。いい色落ちの為に、たまにしか洗わないよ。汚くないよ)。
しかし、外はあいにくの雨。前のケンタッキー食べ放題の時もそうだったけど、何か目的がある時の外出はたいてい雨だな。車は親が病院の日のため乗って行ってしまっている。バスには幻聴ひどくて乗れない。しかたない。チャリだ!久しぶりのチャリだ!
僕は日本半周して以来、じゃっかんホコリをかぶりつつあるロードバイクを引っ張り出した。…が、タイヤがパンクしとる。く、くそう!!とりあえずちゃちゃっとタイヤのパンクを修理し空気を入れる。ホッピン!ホッピン!ポッピングシャワー!!
そう。僕の頭の中ではもう何の味にするか決まっていた。人気No.1フレーバー、ポッピングシャワーだ!修理したロードバイクにまたがり、雨ニモマケズ風ニモマケズ湿気による天然パーマのくりんくりんにも負けぬハガネの心でサーティーワンへ。
雨の日のアレと空飛ぶボク。
僕は漕いだ。漕げば漕ぐほどサーティーワンに近づけると信じて。僕は漕いだ。カッパを来てくれば良かったなと頭の中で反芻する声から逃げるように。僕は漕いだ。アイスクリームには賞味期限がないんだなぁ〜と豆知識を思い出しながら。
それは一瞬のことだった。
突然目の前に現れた水たまりを避けようとハンドルを切ったのだ。そして僕は宙を舞った。気がつくとビショビショに濡れたジーンズと、カラカラとタイヤを回し横たわる自転車とそれを見つめる涙目の僕がいた。
僕は叫んだ。
くそう。アイスクリームの日め。今でも僕を苦しめるのか。アイスクリームには賞味期限がないのは、-25℃の温度では菌が繁殖しないからなんだそうだ。僕の中では非常に冷たい思い出が蝕んでいっているというのに。
しかし、負けない。僕は自転車にまたがり先へ進む。目的地はもうすぐそこなのだ。
アイスクリームの日のサーティーワンはすぐわかる
歩いているときと自転車で行くときでは見える風景が違い、あれー?サーティーワンどこにあったっけなぁ?なんて思ったがそれはすぐにわかった。なぜなら、車が店の前で渋滞していたからだ。僕は「チャリで来た!」と車で並ぶ人達を横目にスルスルと駐輪場に自転車を停める。
ふふふ。なんとか間に合ったぜ。100円でアイスクリーム。やはりポスターでもポッピングシャワーが使われとるな。ふふふ。
店内に入ると小さなお子さんを連れた家族が沢山いた。髪の毛を紫に染めている二組のおばあちゃんもいた。店内は賑やかだった。僕はなんだか見られているような気がしてならなかった。
まぁ、そうだよね。全身びしょ濡れだし、髪の毛くるくるりんだもんね。と僕は心の中で思った。
「俺だってビショビショさ!」と僕が着ていたトレーナーのLaundryボーイくんも言った。
明らかに住んでいる世界が違うやつ!
ど根性ガエルよろしく自分のトレーナーと会話をして心を落ち着けた僕は、並んで順番を待っていた。周りを見るとなにやら手に持っている。あ…。あれはメニューだ。並んでいる間に家族連れの人達はフレーバーを選ぶためのメニュー表をもらっていたみたいだった。
ま、僕はびしょ濡れだしいらないけどね。すでに味を何にするか決めているし…。ま、自分の番が近づいてくる頃にでっかいメニューが置いてあったのでチラリと見てみる事にはしたよ。置いてあるんだし。
ん?
お…お、お父さん★スペシャルだと…!?
なんだその明らかに周りとの同調を拒みまくっているネーミングは。レッドベルベットケーキ、バーガンディチェリー、お父さん★スペシャル。明らかにひとつだけ次元が違うだろぉぉおおお!!
しかも人間が食欲をそがれると言われる青を基調としたカラーリング!これは地雷だ。ダメだ。これは絶対にあかんやつや。僕が頼むのはポッピングシャワーさんなんや。
そして僕の番がやってくる。
お、お父さん★スペシャルください。
お父さんになれなかった僕。名前だけでもお父さんになりたかったわけじゃないんだ。お父さん★スペシャルが僕を呼んでいたんだ。いいじゃないか。お父さんじゃないやつがお父さん★スペシャルを頼んでも。
そんな事を心の中でいいわけしながらも、現場では、実は別の事件が起きていた。
普通のサーティーワンのオーダー方法はこうである。
[list class=”li-niku li-mainbdr main-c-before”]- フレーバーを伝える
- レジの前で待つ
- レジでアイスのお金を払う
- 商品を受け取る。
この流れを頭にインプットしていた。
しかし今日はアイスクリームの日。お客さんは溢れんばかりに店内で渋滞している。商品はすべて税込み100円のシングルコーン。なのでレジを通すまでもないのであろう。今日だけは特別にオーダー方法が簡略化されていた。
[list class=”li-niku li-mainbdr main-c-before”]- フレーバーを伝える
- その人に100円を渡す
- アイスを受け取る。
これだけだ。あまりにもスピーディーな流れ作業に圧倒されつつも、僕はポケットの中の100円を取り出そうと手を突っ込んだ。
…ない。
え!?100円がない!!
さっき確実にポケットに100円突っ込んだよな!?あれーーー!!ないないない!!焦る焦る。後ろから早くしろよオーラ光線が更に焦りを助長する。
あれか?さっきコケた時に落としたのか?いや、でもチャリーンって音はしなかったよな?でも水たまりに入ってたら音はしないよな…。え…。ここまで来たのにアイス買えないの!?えー!そんなにもアイスクリームの日に呪われているのか、自分!!
その時である。
出てきたのだ。ウォッチポケットから100円が。ご存知だろうか。ジーパンには5つポケットがある事を。右にひとつ。左にひとつ。右うしろにひとつ。左うしろにひとつ。そして右ポケットの手前にもうひとつ。
ここは昔、懐中時計が流行っていた頃の名残りのポケット。時計を入れるポケット。だからウォッチポケット。僕はここに良い色落ちをさせるために常にライターであるZippoを入れている。Zippoの形に色落ちするのが粋なのだ。
まさかそんな所に100円が挟まっているとは。少々パニックになっていた僕はそれで落ち着きを取り戻し、雨だか汗だかでびっしょりになっていたひたいを拭ってお父さん★スペシャルを受け取った。
はたして、お父さん★スペシャルの味は!?
お父さん★スペシャル!
お父さん★スペシャル!!
お父さん★スペシャル!!!!!
それはメロンソーダを食べているような不思議な味だった。これは美味い。お父さん★スペシャルを食べた僕は、なぜか泣いた。暗く苦い思い出が柔らかく溶けていくようなそんな感じだった。
時折顔を見せる赤い粒がアクセントになりいい感じの味付。鼻水をすする。
アイスクリームの日に食べるアイスはこんなにも甘じょっぱいんだなぁ…。
アイスクリームの日にサーティーワンに行った日のまとめ
Landryボーイくんは「俺にも食わせろ!」と言っているようにアイスに手を伸ばしていた。お父さん★スペシャル、もし定番フレーバーになるのであれば、ネーミング変更希望。なぜならお父さん★スペシャルは注文しづらい…。
トリプルのワッフルコーンでお願いします。チョコレートとカモフラージュと、時々、お父さん★スペシャル!
ダブルコーンでお願いします。よっ!お父さん大納言
えーっと、お父さん★スペシャルとマジカルミントナイトさんからのお葉書です
赤パジャマ、青パジャマ、お父さん★スペシャル
…ふう。言葉のニュアンスだけで遊んでみたが、これよく見たらSoftBankとのコラボなんだな。うん。きっと定番化はなさそうだ。味はだいぶ好きなアイスだったんだけどなぁ。残念だぁ。なにかが残念だぁ。
それにしても、帰り際に見たポッピンコットンキャンディが美味そうだった。マジで美味そうだった。おすすめって言葉に弱い。早く一年後のアイスクリームの日来ないかなぁ…。
…ってな具合に、僕の中でアイスクリームの日はそれほど悪い思い出ではなくなったのでした。あえて言おう。アイスは正義であると!
食べに出かけてよかった。
人間は忘れる能力を持っているし、忘れられない能力も持っている。過去の事で悩むのは、記憶の処理能力が上手く調節出来ないからなのだろう。いい思い出を忘れずにいられたら、悪い思い出を忘れられたら。でもそれが上手くいかない。
忘れられないのなら、増やせばいい。同じような思い出を。似たような思い出だけれど、心地よい思い出を。
面白いことに人間はふたつの事を同時に考える事は出来ない。富士山を考えながら、今日の朝ごはんに何を食べたのかを考えられない。朝ごはんを考える時は富士山が消えている。
それと同じで苦しい思い出を思い出した時、連鎖的にいい思い出も思い出したなら、どちらかを考えている時にはどちらかが消える。たとえ昔に辛い事があったとしても、忘れられなくても、これから先、沢山のいい思い出が積み上げていけたら、きっと苦しい思い出を考える時間は減っていく。
だから前向きに。コケたって、雨に打たれたって、負けない。立ち上がれる足がある。雨が降るから人間は水が飲める。繰り返し繰り返し何度も繰り返し、いい方向に考えていこう。
そんな事をアイスクリームの日に考えた一日。