四国歩き遍路日記40日目。この旅の記録は以前、統合失調症の僕が歩きお遍路の旅をしながらその場で公開していた日記ですが、諸事情により公開を辞めてしまったものを再編集したものです。
ちょっと前回の更新から間が空きました。季節柄体調を崩してしまったのですが、今回の記事の内容とは別物ですのでご安心くださいませ。
今回の記事でちょうど40日目。この頃から僕の旅先での精神崩壊が始まるのですが、それを公開するにあたって最初に注意事項を。この頃の僕と今の僕はリンクしていません。
なので、これから先、旅日記を読んで僕のことが心配になってしまったりしても、どうかご安心ください。今現在の僕は元気なのです。それをご理解いただいた上で旅日記をお楽しみください。
ではでは、再編集版よろしくどうぞ。
四国歩き遍路日記40日目のまえがき
『四国歩き遍路日記40日目』になりました。節目の日ではありますが、1ヶ月の時と違って、旅を振り返るという気持ちにはなりません。あぁ。ここでの暮らしも僕の長い人生で見たら、あっという間の出来事なんだなぁ…としみじみ思う今日この頃。
どうやら11月は僕の心の鬼門のようです。心にどんより雲がかかって、ふとした時に妙に落ち込む。
そんな中で昔を振り返り、五右衛門風呂に入った今日の一日。悲しい出来事があったわけじゃないのに、何か悲しい。そんな一日をつづってみます。
→他の日の四国歩き遍路日記はこちらにまとまっています、合わせてどうぞ。
※復刻にあたり、旅先で沢山写真を撮ったものをアップすることにしました。Facebookの方へ高画質のアルバムを作りましたのでよろしければ御覧くださいませ。
妖精さんのお仕事
起床は5時半。朝起きるとまだ辺りは真っ暗だった。今日はお孫さん達がいるので、彼らが起きてくる前にやるだけの事はやっておこう。そう思った僕は布団からササッと抜け出した。
僕がまず向かった先は軽トラックの場所。何をしに来たのかといえば、その荷台には昨日受け取ってきた鳴門金時があるのだ。その数、コンテナに山盛り10ケース分。
それをトラックの荷台から作業場へ運びだそうと思う。どんな事でも言われる前にやってしまうのが僕のポリシー。妖精さんの仕業かな?と思うような事が身近に起きたら楽しいではないか。
…が、しかし。ちょっと困ったことになった。
運ぶ距離としては100mちょっと。芋を100m移動させる事だけを考えれば大した距離ではないのだが、問題は山盛り10ケース分のコンテナという所である。
コンテナに何も入っていなければ片手に3つずつで一度に6つのコンテナを運ぶ方法を知った事は再三紹介した通りだが、今はそれが出来ない。
なぜなら芋がコンテナに溢れんばかりにパンパンに入っているからだ。つまりはそのコンテナを両手で持たなければならないし、上に重ね上げる事さえも出来ない。
…という事は一度に運べるコンテナは1つということになる。
うーむ。10ケースあるから10往復せねばならないのかぁ。
ん?
100m×10ケース×2(往復分)=2km。
え…。2km!?
人間の徒歩のスピードの平均は時速4kmらへんと言われている。2kmなら30分って事だ。不動産屋で駅近30分って言われたらちょっと考えてしまう距離だろう。
しかもその距離をなかなか重たいコンテナを持って移動するとなると30分では済まなそうな配分だ。うーむ。それではみんなが起きてきてしまう…。
妖精さん、ピンチ。
僕はみんなが起きてくる「前に」仕事を終えた状態を作りたいのだ。起きてきた時に仕事をしている姿を見せてしまっては、気を使わせてしまうからな。
あぁ。猫の手も借りたいほど時間が足りない。
そこで僕は閃いた。あれだ。
猫だ!!
猫の手も借りたい
あなたはこれをなんと呼ぶだろうか?
僕の中ではこれの事を「一輪車」と呼んでいたのであるが、一輪車といえば、思い浮かんでくるもう一つのやつがある。
小学生の時によく女子が遊んでいた両手でバランスをとりながらキコキコ前へ後ろへ進むサーカスの曲芸師よろしく的なやつ。
ちなみに一輪車を調べてみると“地面に接する車輪を一つしか持たない自転車の一種”とWikipediaでは紹介されている。そしてそのWikipediaのページには先程の写真の一輪車の説明がどこにも書いていないのだ。
…という事はどうやらこれは一輪車ではないらしい。
一輪車は自転車の一種。自転車の定義はペダル上の乗員の脚力で推進(駆動)される車両の事。つまりは一輪車と呼ぶにはペダルがなければならないのだ。
ちなみにあねさんはこれの事を「猫車」と呼んでいた。ねこ。うーん。なぜねこ?とか思って調べてみると、昔は取っ手がねこの手みたいになっていたんだってさ。
猫の手も借りたいとはこの事か!僕はこの青い猫車を倉庫から引っ張り出し使うことにした。
蛇足かもしれんが、この猫車、Wikipedia的には「手押し車」というのが正しい名前のようだ。
手押し車って聞くとまた別のイメージが頭に浮かんで来てはしまうのだが。赤ちゃんがカタカタ鳴らしながら歩く練習するアレとか、おばあちゃんが買い物行く時に押しているアレとか。
日本語とは難しいものだ。これを国税庁に経費として申告する時は孤輪車と書かねばならないらしいが、孤輪車と聞いて誰がこの車を思い浮かべるだろうか。荷物の運搬に使う一輪車と言えば伝わるかな。
さてこの、名前をなんと言ったら相手に伝わるのかわからん道具No.10ぐらいの「猫車」を使えば一度に4つのコンテナを運ぶことが出来る。4倍の効率。30分÷4=7分30秒。よし。これなら許容範囲であろう。さっそく運ぶことにしよう。
コロコロコロコロ。
ボンボン。
コロコロボンボンコロボンボン。
あぁ…。腰が痛てぇ。途中で石の道のトラップがあってだね、そこで以前、芋を豪快にブチまけた事があるから慎重にならざるを得ないのだよ。
さらに僕の身長では手押し車の持つ所の部分が非常に低い。なので中腰になり、猫背にならなければならない。ゆっくりひっそり猫背のままでコロリンペタペタ進んでく。
そーいえば、猫にまつわる言葉って結構多いよな〜なんて事を考えながら、腰を低くしながら移動する事3往復。今回は芋をぶちまけるなんて失敗は起きずに済んだ。人は失敗から学ぶのだ。
すべてを運び終えた僕(妖精さん)は、使った道具を元場所に戻し、何事もなかったかのように次の場所へ移動する。
完璧主義が邪魔をする
さてさて、鳴門金時を運び終えた僕は、まだ誰も起きてこないのを確認し、誰もいない広場にやってきた。手に握りしめていたのはこの一本の長い棒。
忘れてはならない。そう。素振りだ。
昨日は先生と僕しかいなかった為、朝ごはんだなんだと準備で忙しく素振りの事なんてすっかり忘れてしまったのだが、三日坊主で終わらないのが僕のいいところだ。
自画自賛を恥ずかしげもなくした所で、僕がひとつだけ気をつけている事を話しておこう。
僕はいわゆる完璧主義だ。どんな事もきっちりしっかりやらなければ気が済まないのである。…が、実はこの完璧主義というのは「継続」には向いていない。
きっちりしっかりやらなければ気が済まない。一見、それはどんな事も最後までやりきりそうというようにも見えるのだが実はそうではない。途中で何か不具合が起きたりすると、途端にもうどうでも良くなってしまうのだ。
ちょっと話が抽象的過ぎるので具体例を出してみよう。僕が中学3年生のときである。僕はそれまで無遅刻無欠席で皆勤賞というのを狙っていた。3年間一度も休まずに学校に行くというあれである。
毎日欠かさず手洗いうがいをし、健康体を維持し、毎夜早めに寝て朝は絶対に寝坊などしない。そういう生活を3年まで続けていた。そしてそれは突然途切れてしまう。
写生大会というイベントで学校外に集合する事があった。その当時は中学生。活動範囲は大人よりも狭いわけで、自分たちのテリトリーから外れた場所なんて外国と言ってもいいぐらいチンプンカンプンである。
そんな中、その事を不安に思った同級生が一緒に登校しようと持ちかけてきた。それを聞いた隣のヤツも一緒に行こうと言い出し、さらにその友人が一緒に行こうぜ!となって、最終的には7人ほどでまとまって行く事になる。
この旅の最初のほうで、お遍路さんたちとグループになって歩いたという事も書いたけれど、人それぞれ歩くペースが違うのが普通だ。
しかし、思春期まっさかり、仲間外れこそが地獄の始まりだと知っているその当時の僕たちは足並みを揃え、決してペースを乱さず、みんなと同じペースで写生大会の場所へ向かった。
ま、そうなると当然一番歩くのが遅いやつのペースに合わせるようになるわけで、ペチャペチャ喋りながら歩くのも相まって、僕の予想していた登校時間よりもだいぶ遅くに目的地付近に到着。
しかしそれでもまだ時間はギリギリである。そういう事もあるだろうと出発時間を出来る限り早めに設定しておいたからだ。
なのにその中の一人がこう言った。
「なぁ、まだ誰も集合してないから売店行こうぜ!」
そいつが指さした場所は集合場所ではない。確かに同じ公園内なのだが、広い公園であるため点呼場所は反対側の門の前という事になっているのだ。
僕はそれを指摘したけれど、グループはぞろぞろとそいつについていく。ぐぬぬ。これ、絶対あっち側でもう点呼始まってるよ…。
仲間外れを恐れ、そのグループの流れに逆らえなかった僕は渋々売店に向かった。帰ってきた頃には当然遅刻扱い。グループのリーダー的なやつは「公園内にはいたんだから遅刻じゃないやんけ!」とキレていたけれど、先生の出席簿の内容が覆ることはなかった。
あぁ。僕の今までの努力が…。
僕はそれ以降、学校に行くのが嫌になった。そして様々なことが重なり、心の病気になり、声が出なくなって入院。人生で初めてカウンセリングというものを受けた。
あれだけ健康体である事を気をつけていたのに、ひとつコケただけで、積み上げた城は崩れ去っていく。僕の完璧主義とはそういうものなのだ。
…と、長々と語ってしまったが何を言いたいのかといえば、そんな完璧主義の人間が物事を継続させるに何に気をつけているのかという話。ずばりそれは「ゴールに到達する前にダメになる可能性がある事を目標にしない!」という事である。
皆勤賞を目標にしてしまうとそれがダメになった時に続かなくなる。毎日やることを目標にしてしまうと一日でもサボったら続かなくなる。
なので途中で目標達成が難しくなるような目標は立てないようにしている。ざっくりでいいのだ。10年後も同じことをやっている。この目標なら、たとえ今日やって、9年間全くそれをやらなくても、最後の10年目に同じことをやれば達成出来る。
なので、僕の素振りの習慣も「思いついた時に振る」という事にした。それだけで全く何もやらない僕よりも、思いついた時に振る事をチョイスした僕は前進しているのだ。
ふふふ。出来る男は違うぜぃ。
ドラフト諦めてないからね!球団のみなさん、ここでちょっぴり小太りの大男が木の棒振り回して明日のホームラン狙ってますよー。ビュンビュン!!
…あ。ちなみに、このブログも毎日書くというルールで始めたのだけれど、非常に苦しい状況になってきたので、毎日(の事を)書くというルールにした。目標には柔軟性も必要だ。
旅の一日を記録するのだけれど、それがもしかしたら3年後に発表になるかもしれないって事でギリギリセーフ。ただし、旅を続ければ続けるほど書く記事数は増えていくからメモをとらねば!!
美味しいごはんと僕の野望
いったい何合炊きなのかわからないが、ものすごい量のご飯。今日は人数が多いのでこれだけの量のご飯を炊くのだ。でもご飯ってたくさん炊いた方が美味しく炊けるって言うよね。
それにご飯ってみんなで食べた方が美味しいって言うし、二重の美味しさの秘訣が組み込まれているのだからここのお米が美味しくないはずがない。
そんなご飯と一緒に食べるおかずはこれ。山盛りのウィンナーだ。ウィンナーってなんでこんなに美味しいんだろう。
いつか僕は、仲の良い友達を作って、タコパならぬWPをやりたい。ウィンナーパーティーだ。
みんながこれぞという美味しそうなウィンナーを持ち寄り、ホットプレートで焼いて食べるのだ。日本ハムのシャウエッセン、伊藤ハムのアルトバイエルンなどのメジャーどころを先頭に、ジョンソンヴィルのようなアメリカチックなウィンナーも良い。
プリマハムの香薫を持ってきた人がいたらさぞかし僕と話が合う人間であろう。
そう。人はウィンナーで語るのだ。好きなウィンナーでその人柄がわかる。ウィンナー占い。…なんてな。
WP。流行らないかな。…ま、その前にそんな事に参加してくれる友達を作らねばならないのだけれども。美味しいと思うんだけどな。ウィンナー。
ウィンナーって嫌いな人が少ない食べ物トップ10ぐらいに食い込んでくると思うのだけれど。
餃子、クリームコロッケ、タコライスとかそこらへんと同じぐらいな位置にウィンナーっていると思うんだ。まぁ、僕の知り合いにウィンナーをまじまじと考えると残酷すぎて食べられないっていう人もいるにはいるのだが。
…とまぁ、食べ物の話をしていたらお腹がいっぱいになってしまった。ご飯たっぷり炊いたけど、僕はご飯1杯で抑えておいた。たくさん炊いたからと言って全部食べる必要はないのだ。
…が。
先生の奥さんが「え!?もう終わり!?食べると思ってたくさん炊いたのだけれど!」と3回ぐらい繰り返し唱え始めた。
…げっふん。
ううう。腹いっぱい。
人に言われるとどうしても断れない僕は、再び立ち上がりお茶碗にご飯を盛って、結局3杯ほどのご飯をウィンナーで食べたのであった。うーむ。やはり白飯、美味い。
トランプしたりて、なんという…
たらふく朝ごはんを食べた後は、お孫さん達が「遊ぼう!遊ぼう!野口さん、遊ぼう!」と何度も何度も言うのでトランプをして遊ぶことにした。
最初はババ抜きと神経衰弱、そしてスピードの3つだけしか知らなかったけど、今では僕が教えた大富豪と戦争が人気だ。
子供というのは吸収がよく、ルールを覚えるのも速い。特に1番上のお姉ちゃんは頭がすこぶる良く、学校の宿題をやりながらトランプをする。
宿題というか、予習らしいのだが、その予習がすでに冬休みの宿題まで手をつけているのだ。
おお。僕は予習なんぞやった事がないので感心してしまった。
しかも運動神経までも良いらしく、なかなかのパーフェクト超人である。
まぁ、このお姉ちゃんがすごく負けず嫌いで、たまにズルをするのだけれど。そして年頃の女の子らしく、言葉遣いが結構辛口なのが面白い。負けたりすると、とんでもなくきつい言葉が飛んでくる。
そして、食べ物も辛い物が好きだと言うから、今度から彼女の事は辛口お嬢と呼ぶ事にしよう。
トランプに飽きてくると、辛口お嬢は宿題、折り紙王子は折り紙、肩車ボーヤは僕の背中に乗っかるなどして時間を過ごした。
手の空いた僕は肩車ボーヤの面倒を見ながらトランプタワーを作る事にした。
…が、作っても作ってもすぐに肩車ボーヤが壊してくる。なので2段までは作る事が出来なかった。
ま、ほんの暇つぶしだからいいのだけれど。なんとなく悲しさだけが残った。
…子供って破壊行為好きだよね。人間の本能なのだろうか。僕は諦めてその場に寝っ転がった。野口涅槃像として子どもたちを眺める。
それにしても午前中はずっと遊んでしまった。先生達の手伝いを全くやってない事が気になって仕方がない。働かざる者食うべからずである。あれだけ食べたのだから働かねばならないという考えが頭を離れない。
こんなに遊んでいていいのだろうか?そう思いながら、あねさんにすいませんと謝ると「いいのいいの。子供達の面倒をみるのも仕事やけん。だいぶ体力使うやろ」と言ってくれた。
その声に安心し、しばらく子供達と遊んでいると、車の音が聞こえた。イベントの時に必ず手伝ってくれる女性がやってきたのだ。買い物依存症のおじさんが買った商品の処理に困っているという事で過去に記事を書いたと思う。
彼女は焼き鳥やたこ焼き、中華まんや人形焼など大量の手土産を持ってきてくれた。どうやら息子さんが関東の方に住んでいて、そこから送ってきてくれたものが多かったのでおすそ分けに来たようだ。
それによくよく聞くと、その息子さんが現在住んでいる場所は僕の地元の埼玉であり、僕が住んでいる場所のすぐ近く。なんという偶然。確かに持ってきた手土産のパッケージをみると、埼玉ではおなじみのものもちらほら見える。
子どもたちは楽しそうに片っ端からもらったお菓子の封を切っていった。眼の前に広がるお菓子類を見て僕はこう思う。
食べて、遊んで、食べて、寝る。
なんというていたらくな僕。本当にいいのだろうか。心臓の奥の方でドドドっと何かが鳴った。
デブ街道中膝栗毛…
昼食。
僕がいくら食べたとしても、やはりあれだけのお米が一気に減るわけではない。お釜を見るとそこには大量のご飯が残っていたが、お昼にはおにぎりへと姿を変えていた。
たこ焼き、焼き鳥、おにぎり、アジフライにブロッコリーなどなど、こんなにいっぱいの食材が目の前に広がる。ピクニックにでも来た気分だ。
しかもこれだけではない。
味噌汁にそうめんまでもが入っている!!
うーむ…。これはデブ街道まっしぐらなのではなかろうか。なぁ、はっつぁん。
べんらんめえ、太ったら痩せればいいだけの事。体重は後でも取り戻せるが、ここでの食事は後で食べたいと言っても食べれないものだ。今しか出来ない事を優先するのが筋ってもんよ。
…という事で、昼食後にはあんまんを食べた。あんまんってなんでこんなに美味しいんだろ。
僕は肉まんよりあんまん派です。きのこの山とたけのこの里どっち派?僕はあんまん派です。コロコロコミックとコミックボンボンどっち派?僕はあんまん派です。赤いきつねと緑のたぬき?僕はあんまん派です!
あーんまーん波っ!!!
仕事の念仏
午後。僕がいつものように大量の食器を洗い終えて周りを見渡すと、差し入れを持ってきてくれた女性とともに子供達は鳴門金時でスイートポテトを作っていた。
という事は…
僕は手が空き、先生の手伝いが出来るのである!!
颯爽と先生の元へ行き、仕事をもらう。干し芋のカットと計量、袋詰めを手伝う事になった。やはり僕は働いている方が気が楽だ。どうしても遊んでいると申し訳ないなという気持ちが出てきてしまう。
サクサクと手頃なサイズにカットし、バランスよくさっさと袋詰を行う。この単調な作業がすごく楽しい。
サクサクサクサク。
サッサッサ。
サクサクサクサク。
サッサッサ。
「のぐちさーーーーーーーん!!!」
突然肩車ぼーやのあそぼうやー攻撃が始まる。「野口さん、何してるん?あそぼうやー」そう言いながら僕の顔をのぞくのである。
しかし、僕は負けない。
仕事中、仕事中。と念仏のように唱え、先生の手伝いを続けた。
すると僕の膝の上にするりと座る。僕の無視攻撃などお構いなしである。
仕事中、仕事中。僕はさらに念仏を唱える。
そこに「野口くんは仕事をしているのだから、邪魔をしないように」と先生の援護射撃。流石にそれを聞いたあそぼーや軍曹はどこかへピューッと消えていった。
ふはは。野口くん、大勝利。
途中からではあったが、仕事を手伝えた事で僕の中の遊んでばかりで申し訳ないなという肩身の狭い気持ちは少しだけ薄れてくれたのであった。
五右衛門のお風呂
仕事を終えると、「今日は人数が多いから五右衛門風呂にしよか?」と先生が提案する。
お土産を持って来てくれた女性は帰ってしまったが、それでも人数は7人いるので、山を降りて温泉に行くのは難しい。
ボイラーで沸かすお風呂もあるけれど、せっかくだからと薪を使って沸かす五右衛門風呂に入らせてくれるようだ。人生初めてのことなので嬉しい。
見るのもおそらく初めての事だと思う。
先生は僕を連れ、テクテクと山を下っていく。まだ日は明るいからいいのだけれど、夜になると鹿などがガサゴソやっているゾーンの場所だ。
そこにぽつんと一つの小屋が立っていた。あまり意識した事がなかったけれど、これが五右衛門風呂だったのか。たしかに小屋の看板に五右衛門風呂と書かれている。
その小屋は二部屋に分かれていて、脱衣場がしっかりとあった。ふむ。これはお風呂屋さんとしてやっていけるのではないだろうか?五右衛門風呂、一回500円。それぐらいしっかりとした脱衣場だ。
これもきっと先生が作ったに違いない。
さてさて、お目当ての五右衛門風呂を見ていこう。
五右衛門の仕組み
これが五右衛門風呂だ!
先生は蛇口をひねり、錆びた水を流す。だいぶ使われていなかったんだな。色々とここで生活をしていた話を聞くけれど、すべては幻。過去の事。時間の経過をまじまじと感じた。
蛇口から出る水がきれいになると、五右衛門風呂の排水口に蓋をして水を貯める。…というか、ここに五右衛門風呂の栓がある事を初めて知った。こういう仕組みなのだな。ふむふむ。
先生はここに手を伸ばし、キュッキュっとネジをまわして締めた。「この蓋は落としたら流れていっちゃうから気をつけるように」と忠告された。ドジっ子野口くん、今のでフラグが立ったんじゃないかと心配。
さてさて。元栓を締めたら一旦小屋の外に出る。カマドに火をつけるのだ。おぉ!それは!!まさにイメージどおりのやつですな!?竹筒でフーフーするやつ!
北の国からで田中邦衛が薪をくべながら湯加減はどうだい?って言いながら宮沢りえと会話しているシーンを思い出した。
竹の爆発にご注意
これ。先生の手にかかれば一瞬で…。
こうなる。本当にすぐに火をつける。すげー。なんでこんなに簡単に火がつくんだ。バーベキューで火をつけるのにも1時間ぐらい苦労すると言うのに、先生にかかればものの数分でここまで出来上がる。
紙に火をつけ、小枝を燃やし、それに竹を入れて竹の油で加速させる。最後に大きな薪を入れて火を安定させておしまい。理論ではわかるのだけれど、こんなにすんなり出来るもんなんだろうか。
ちなみに、竹を入れる時は節に気をつけなければならない。竹が筒状になったまま入れると中の空気が膨張して爆発してしまうので、どこかしらに亀裂を入れてからくべるのだと教えてもらった。
おお。良かった。それを知らなかったら当然のように爆発させていた事だろう…。
狸の宴会
煙が上がる姿が沁みるね。ある程度火が安定して煙もモクモク上がるようになった頃、「後は任せた」と先生は火がついているカマドに薪を足していく仕事を僕に任せてくれた。
よしきた!と、僕はカマドの前に座り、薪を足す。周りを見ると様々な種類の薪がその太さによって分けられて積まれている。僕はそれを我が物顔で手に取り、指揮者のようにクルクルまわしながら火にくべる。
つまりは暇なのだ。
先生がつけた火は消える事はなさそうだし、かと言って薪を注ぎ足すにも限度がある。やることがない。
すると遠くの方からお孫さん達3人の声が聞こえてきた。さては、こっちに向かってくるな。
「何やってるの野口さん?」
僕はカマドの見張り番なのだよ。そう偉そうに言った僕は、「僕もやるー」とカマドに薪を注ぎ足したそうな顔で言ってきた肩車ぼーやをヒョイッと膝に載せた。
火は危ないからね。火傷でもさせたら大変だ。僕は何か気をそらせる他の仕事がないものだろうかと考えた。ダメだと言うのは簡単だけれど、手伝いたいという気持ちは大切にしたい。
そこでさっき先生に教えてもらった竹の知識が役に立った。
そうだ。筒状の竹に穴を開けてもらおう。僕は先程聞いた先生の話をさぞ自分の知識のように子供達に伝えた。爆発防止のために、竹に穴を開けてくださーい。
すると子どもたちはよし来たとカマドに入れる薪や竹を使って、大きな竹を太鼓のように叩き始めた。
ドンドンドコドコドンドコドン♪ドコドンドコドンドンドコドン♪
なんだこの宴は。
僕は3人が奏でるお囃子を聴きながら、火を見つめた。まるで狸の宴会に呼ばれたような、不思議な感覚に見舞われる。そんな五右衛門風呂の準備の出来事。
お風呂が湧くまで
ちなみに、カマドの横にはこんな感じでお風呂に通じる小窓がついている。
これはお風呂のお湯が湧いたかどうかを見るためにあるのだが、その小窓の手前に見えるこの銅色の煙突は激アツぷんぷん丸なので絶対に触ってはいけない。
なのに場所が絶妙な所にあるものだから、お風呂のお湯の温度を見る時についつい何度も掴みそうになって焦った。
これだけの量の水を沸かさなければならないので時間はものすごいかかる。今のガス給湯器ならば15分やそこいらでお風呂が湧いてしまうのだけれど、五右衛門風呂は1時間ぐらいかかった。
しかも温度調節機能なんてないものだから沸かしすぎてはいけない。
じっとカマドの前に座り、炎を見つめる。流石に子どもたちは飽きてきたらしく、どこぞやで見つけてきたシャボン玉で遊んでいた。僕はその姿をiPhoneのスローモーション機能を使って撮ってあげた。
うむ。なかなか幻想的じゃ。僕らはその撮った動画を見てははしゃぎ、はしゃいでは新しい動画を撮り、それを見てはしゃぎとシャボン玉の不思議な魔力に取り憑かれていた。
シャボン玉ファンタジー。
時間も忘れて遊んだ後、そろそろかなと僕は手を湯に伸ばす。
…ぬるっ!!
う、嘘だろ?結構な時間浮かれていた気がするのだけれど、まだまだこれだけしか温まってないの!?五右衛門風呂は沸くまで本当に時間がかかる事を思い知ったのでした。
先生に聞いた所によると、五右衛門風呂は沸かすのは時間がかかるけれど、一度沸いてしまえば保温力は抜群で、次の日でもまだ温かいままらしい。
五右衛門風呂がある家では何かの時のために、一度沸かした五右衛門風呂はすぐには水を抜かないでとっておくのだそうだ。
ほほー。ガス給湯器の追い焚き機能に慣れてしまった僕は、その話を聞いて昔の人は本当に生活の至る所に知恵を混ぜ込んでいるんだなぁと感心した。
必要だから思いつく。物がないからあるもので補う。
物にあふれ、便利なものに満たされている現代の僕らはそのうち脳みそがスカスカになってしまうのではなかろうか…。当たり前のモノがなくなった時に対処しようにも何も思いつかずにバッドエンド。
それだけは避けなければ。
本当にここに来てから色々なことを考えるようになった。僕は本当に恵まれているのだなぁ…。なのに出てくる不満や不安は一体何なのだろう。恵まれているから不満が出るのか。幸せだから不安になるのか。
不満や不安はそんな事を感じとる余裕さえない生活を送っていたなら、消えてなくなるのではないだろうか。
あぁ。
揺れる炎を見つめ、周りの日も暮れる頃、夕飯の時間だよーとあねさんの呼ぶ声で僕は我に返った。
あねさんはお風呂の湯加減を見て、「このぐらいならもうオッケーやけん、蓋しよ」とカマドの薪をくべる場所に鉄の蓋をはめ込んだ。これは空気調整が出来るようになっていて、いい感じでとろ火になるらしい。
僕はそれを見届けた後、食卓の方へ向かった。あたりがすっかり暗くなっていた事にその時初めて気がついた。
五右衛門風呂は夕飯の後に…
今日の夕飯はとにかくゴージャスだった。揚げ物や、魚の煮付け、イカや魚のお刺身。
どれを食べようか迷うほど。結局、揚げ物系は明日にしようという事になったけれど、気がつけば明日食べるはずの揚げ物もほとんどなくなっていた。
ご飯が楽しい事はいい事だ。
満腹になった僕は、2番目のお孫さん、折り紙王子と一緒に五右衛門風呂に入ることになった。
いつもお風呂屋さんに持っていくお風呂セットを携え、暗闇の中、五右衛門風呂がある小屋へ向かう。
五右衛門風呂の感想は…
先生が一緒についてきてくれて、カマドに薪をくべる。湯加減はどうだ?と聞かれながら2人で大丈夫でーす!と答える。…が、実際の所はむっちゃくちゃ熱かった。全然、大丈夫ではない。
それもそのはず、五右衛門風呂の入り方を全く知らない僕。折り紙王子がレクチャーしてくれた。
まずは大量に用意されたバケツで熱々のお湯をすくう。そして蛇口で五右衛門風呂に水をドバーッと入れながら温度調整。
その間に、バケツにすくったお湯で体を洗う。ほほう。勉強になる。五右衛門風呂は薪で常に加熱される。水で調整しながら入らねばならないのだ。
なるほどなぁ〜。
僕と折り紙王子は2人で五右衛門風呂に入ってみたが、太りつつある僕の体と、ぽっちゃりタイプの折り紙王子ではお風呂が若干狭い。
熱せられた鉄釜に背中を当てて、あちちあちち!と言いながら2人でお風呂を楽しんだ。
子供が生きていたらこんな時間もあっただろう、と頭に浮かべながら、折り紙王子の頭を洗ってあげたり、お礼に背中を洗ってくれたりした。
汚ねぇー!と僕の胸毛や背中の羽根(毛)を罵倒しながら洗う折り紙王子を僕は憎めなかった。楽しい。たまにやってくるノーガードの金的攻撃には本当に参ったのだけれども。
子供か。ちょうどこの時期だ。
…あぁ。
僕は同時にお父さんと風呂に入っていた頃を思い出す。
お父さんのひざに乗り、しりとりをする。僕は頭に思い浮かぶ言葉を言って、こんな言葉ある?とお父さんに聞く。時には蛇口から出た冷たい水をお父さんの手のひらを通してグビグビっと飲む。冷たくて美味しかったちょっと鉄の味のする水。
二人で並んでお母さんにシャンプーしてもらった事も。爪を立てて洗うのが痛気持ち良かったのが記憶に残っている。タオルを使ってくらげを作ったり、手のひらで笛を作りピューピューと練習したり。
いつの頃か一緒にお風呂に入らなくなった。最後にお風呂に一緒に入ったのはいつの事だろう。
楽しかったあの頃。大人になると色々な事が思い出されて困る。出来るようになった事と、やらないようになった事。人生は何かを捨てながら成長していく。この瞬間もいつか懐かしいなと思い出す日も来るのだろうか。
記憶というのは残酷だ。覚えておきたいことと忘れたいこと。それを選ばせてはくれないのだから。悲しいことばかりが記憶にこびりつき、ふいに僕を苦しめる。
楽しかった思い出は思い出そうとしなければ思い出せないというのに。どうしてこうも僕は弱いのだろう。
「野口さん、もう俺は大丈夫やけん、先に上がるね」と言って折り紙王子がお風呂を出た後で、僕は一人五右衛門風呂でグツグツ煮えられながらそんな事を思った。
四国歩き遍路日記40日目まとめ
お風呂から上がると、すでに肩車ボーヤは睡魔に襲われ眠りに就いたようだ。そこに残った大人達と折り紙王子は少しの会話を楽しみ、順番にお風呂に入っていく。
折り紙王子が指にサッカー選手の絵をはめ、ダンスを踊っていた。僕はふふふと笑う。
夜も深まり、折り紙王子は布団の部屋に消えた後、「野口くんも今日は疲れただろう」と先生が言ってくれたので、僕も早めに布団に就いた。布団に入っているとなんだか頭の中がうるさくなってきたので、布団をかぶって目をつぶる。
そんな『四国歩き遍路日記40日目』。
何はともあれ、五右衛門風呂はとてもいい経験だった。