ブログ小説の二十回目の更新。コーヒーについて。
コーヒーを初めて飲んだ時の事を覚えているでしょうか。僕は、あの苦さに度肝を抜かれた事を覚えています。なぜこんなものを大人は好んで飲むのだろうと。
子供の頃に思っていた大人の食べ物と言えば、コーヒーやわさび、ピーマンがその代表格だと思うのですが、いつの頃からかそれらを食べられるようになり、それらが美味しいと思うようになり、それらがないと駄目になる。
人間の味覚の変化って一体なんのためにあるんでしょうね。
一説には味蕾(みらい)という舌にある味を感じる細胞が入れ替わる為との事ですが、僕的には舌の細胞もさることながら、人生経験による食べ物に対する考え方の変化の方が強いんじゃないかな?と思います。
あれだけ苦手だったはずのコーヒーが、苦い経験を体験してから好んで飲むようになった。大人になるって事は、辛さを沢山知っていくって事なんだなぁ〜。なんて事をコーヒーを飲めるようになって思いました。
…という事で、過去に書いた小説をブログ形式に変換して投稿していく企画。小説自体のタイトルは映画のような人生をです。
全部で39章分あるのですが、今回はその中で第二十章「コーヒー」をお送りしたいと思います。どうぞよろしく。
【ブログ小説】映画のような人生を:第二十章「コーヒー」
ぼくが火を消して、新しい自分を手に入れる儀式を慎重に行い終わると、千秋さんが目の前に立っていた。
「伊波君、もう来ていたのね。まだ集合まで一時間もあるじゃない」と言いながら、千秋さんは当然のようにぼくの向かいの席に腰かけた。
「あ、はい。ちょっと早く行ってご飯でも食べようと思って。暑いですし、涼みながら待つのもいいかなって」
ぼくは灰皿を遠くに押しながら答えた。
「そうだね。今日は雲が出てくるけど、それでもまだ暑いもんね」
千秋さんは今日も赤い厚手のコートを羽織っている。
「千秋さんも早いですね。何か食べようと思ってきたんですか?」
「あ、私は準備があったからみんなより早く来たのよね。でもその準備ももう終わったから、ちょっとブレイクタイム」そう言って千秋さんはエスプレッソを頼んだ。
「準備だったんですね。そういえば千秋さん副代表ですもんね。忘れていました」
「いやいや、副代表って言っても形だけなのよ。大体は代表の神田さんが仕切ってくれるし、私は名前だけの存在なのよね。三年生だからやっているってだけ」
エスプレッソを一口飲んだ姿はこれ以上ないほど似合っていた。
「あ、神田さんって今日はいらっしゃるんですか」
「うーん、今日もたぶんイベントには参加しないって言っていたわ。準備だけはしっかりやってくれるから私は助かるんだけど、忙しいのよね、あの人」
「今日も会えないんですか。残念。会ってみたかったです」
「そのうち会えるわよ。サークルに入れば嫌でも顔合わすだろうし」
「そうですね。早く会いたいです。早く会って話をしたいんです。神田さんに興味持ちましたから」
「それ聞くと本人喜ぶわよ」と言った後、千秋さんはまたエスプレッソを新しく頼んでいた。水を飲むペースでコーヒーを飲んでいるような速さだった。
「千秋さんはコーヒーが飲める人なんですね。ぼくは全然ダメなんですよ。苦過ぎて。舌がお子さまなんですよね。だからこれです」とサイダーの入ったコップを持ち上げた。
「そうね。私は小さい頃から常に家でコーヒーが出ていたからね。なにかとコーヒーばっかり飲んでいるわね。中毒ねこれは」
エスプレッソを一口飲んだ千秋さんのカップを見ると口紅の後が残っていた。その口紅の後をさりげなく、さらりと指で消す仕草はとても慣れた手つきだ。
同じ中毒でも、煙草のそれよりも優雅に思えた。煙草は似合わないが、コーヒーならいいと思ってしまうぼくは自分勝手なのだろうか。
「伊波君は、今日の舞踏会はなんて名前で出席するの?」と千秋さんは質問してきた。
「名前って?」
「あ、言ってなかったっけ。私たちの舞踏会は仮面を被るんじゃなくて、名前を変えて出席するの。それで今日一日はその名前になりきって楽しむのよ。楽しいわよ、自分以外の誰かになれるのって」
「それって芸能人とかそういう感じですか」
「別に芸能人の名前を借りてきてもいいけど、自分で名前を付けて、自分の中でその名前の性格とかを自由に想像して演じちゃっていいのよ。どんな自分にもなれる」
「なるほど。たとえば、ジョンっていう外国人でもありなんですか」
「そうね」と千秋さんは笑い「英語とか話すことが出来たらいいんじゃないかな。伊波君は外国人に憧れるの?」と顔を近づけてきた。
「いえ、あんまり」
「なんだそれ」
にっこりした千秋さんの笑顔からこぼれた八重歯は幼さの象徴でもあり大人の魅力の象徴でもあった。この人は本当に中性的なバランスを持っている。
「それじゃ、何か考えておきます。名前か。何がいいだろうな」
千秋さんの笑顔を見て顔が熱くなったぼくは、考えるふりをして手で顔を隠した。
「まぁ、重要なのは名前よりも性格とか中身の方だから、そっちを考えてからの方が名前もすぐに決まると思うわ」
「そうですね。なりたい自分ですよね。あ、千秋さんはなんて名前で出席するんですか?」
「私はそのままよ。水谷千秋で参加してる」
「そのままですか。それってズルくないですか?」とぼくは笑った。
「ほら、私って三年生だからね」と千秋さんも笑った。
「年上の権力振りかざしちゃっているんですね」
「まぁ、そんなところね。そろそろ行こうかしら。時間もいい頃じゃない?」
「そうですね」とぼくは喫茶店の時間を見た。十六時十分前だった。千秋さんと一緒にいると時間が過ぎるのも忘れてしまう。
「それじゃ、ここは私が払っておくから、名前考えておきなさいね」
千秋さんは伝票を持ち去り、お会計を済ませた。
「ごちそうさまです」と千秋さんの背中に言ったぼくは、まるで小説家にもなった気分で、登場人物の名前を考えるように自分の名前をどんな風にしようかなと考えていた。
【ブログ小説】映画のような人生を:第二十章「コーヒー」あとがき
いかがでしたでしょうか。あ、そうそう。書いたものを読んでいて思ったんですが、コーヒーと大人と言えば、「喫茶店」ってだいぶ大人の場所だと思うんですよ。
中学校ぐらいの時から、自分だけで食べ物屋さんに入れるようになったんですが、行く所と言えばもっぱらサイゼリヤなどのファミリーレストランばかり。
高校生になっても友達と時間を潰すために食事処に行くんですが、ぶっちゃけお金なんて持っていないから頼むものと言えば飲み物だけで、その目的に適した場所は喫茶店だと思うんです。
でも、喫茶店ってなんとなくハードルが高くていっつもマクドナルドなどのファストフード店に入っていました。
大学生になってもその癖は抜けず、ファミレスやファストフードばっかりだったので、お笑いの喫茶店コントなどで見かける「カランコロンカラン」っていうドアも未体験だったんですよね。
喫茶店に入れるようになったのはお笑いを始めてからですかね。相方とネタ合わせをする時に、よくよく相方に喫茶店に呼び出されて煙もくもくとした中でネタを練っていました。
あ、マジでカランコロンカランって鳴るんだな!って最初は感動しましたね。知識として知っているのと、実際に体験しているのって全然違うんですよ。それを知って僕は大人になったんだなと感じました。
なので、僕にとって喫茶店ってなんとなく大人の場所って感じが強いんですよね。最近じゃ、典型的な喫茶店自体が減ってきちゃった気がしますが、そういう場所を見つけたら積極的に入るようにしています。
そしてこう思うのです。僕、大人になったんだなぁ〜と。トーストをかじりながらね。
という事で、あなたにとって、ここって大人の場所だなぁ〜って思う場所はどこですか?時々、そういう場所で昔の自分を振り返ってみるのも良いかもしれません。
ではでは、【ブログ小説】映画のような人生を:第二十章「コーヒー」でした。
野口明人
ここまで読んでいただき本当に、本当にありがとうございました!
【ブログ小説】映画のような人生を:次回予告
注意:
ここから先は次回の内容をほんの少しだけ含みますが、本当に「ほんの少し」です。続きが気になって仕方がないという場合は、ここから先を読まずに次回の更新をお待ち下さいませ。
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結局名前は決まらず、今のままの名前で参加することにした。千秋さんだってそのままの名前で参加しているのだから、ぼくだっていいはずだと勝手な理論をかざした。
次回へ続く!
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