ブログ小説の三十六回目の更新。千秋について。
千秋という名前を聞くと、ポケットビスケッツのボーカルの人のイメージが強いですが、今回のブログ小説に出てくる千秋という名前に関してはそこから付けたのではございません。
僕が一番好きな日本のテレビドラマに野島伸司脚本の「世紀末の詩」というものがあります。その登場人物の中に牧野千秋というキャラクターがいるんですよ。
世紀末の詩ってドラマはちょっと特殊で、オムニバス形式っていうんですかね。毎回ゲストが変わって1話完結で話が進んでいく。
その中に「千秋」という名前に関してのドラマがあるんです。僕は小さい時にそれを観てすごい衝撃を受けて、ずーっとそれが頭の中に残っておりまして、女性のキャラクターを考えた時に「千秋」という名前にしようと決めたのです。
…という事で、ここからは過去に書いた小説をブログ形式に変換して投稿していく企画。映画のような人生をというブログ小説をお送りします。
全部で39章分あるのですが、今回はその中で第三十六章「千秋」をお送りしたいと思います。どうぞよろしく。
【ブログ小説】映画のような人生を:第三十六章「千秋」
家に着くとすぐに部屋中に白いペンキをぶちまけた。部屋が一面の白いキャンパスになった。ペンキの匂いが部屋を覆う。咽そうになったぼくは窓を全開にした。そこには月があった。ぼくは月に向かってつばを吐きかける。怖くはない。頭の中の声は聞こえない。
ペンキが乾くのを待つ間、ぼくにはまだやることがあった。ホームセンターで買った安物の時計の針は九時を指している。そろそろだ。ぼくは体の痛みをこらえながら神田川まで歩いた。
そこに月を見上げている千秋さんがいた。前にこの場所で千秋さんを見た時と全く同じ姿で一心に空を眺めていた。ぼくは勇気を出して千秋さんに声をかける。
「千秋さんは一体何を見ているんですか?」
「そうね。未来かしら」千秋さんは突然話しかけたぼくに驚くこともせず、綺麗な声でそう答える。
「その未来を変える為に来ました。端的に聞きます。どうして、そんなにしっかりした千秋さんがアヘンなんて吸っているんですか」
「伊波君にはバレていたのね。そう。私は別に強くもないのよ。私はとても傲慢で弱くて、失敗作なの」
千秋さんの声は哀しく響く。
「なんでそんなこと言うんですか。失敗作のはずがないじゃないですか。実はぼく、前にこの場所で千秋さんを見かけた事があるんです。その時は神様の最高傑作だと思いました。ぼくがそう思ったんです。神田さんも言ったじゃないですか。人間っていうのは他者の認識から生まれるって。だから千秋さんは失敗作なんかじゃないんです」
「伊波君も結構、ロマンチックな事を言うのね。神田さんに似てきたわ」千秋さんの目からは涙が流れていた。そして少し間を置いてから「あのさ、伊波君は私がどこから来たかわかる?」そう言った。
「月からですか」笑って欲しくて冗談を言う。
「かぐや姫じゃないんだから。一応私は純粋な地球人よ。でもね純粋な日本人じゃない」
それを聞いてぼくはとっさに何も反応が出来なかった。千秋さんは言葉を続ける。
「私はね、ドイツ人の父と日本人の母のハーフなの。しかも母はフランス人と日本人のハーフ。もうそうなっちゃうと私に流れている血ってどこの国の血なのかわからないわね。伊波君、私はどこの国の人なのかしら。まあ、それでいじめられたって事はなかったから私は運がよかったのかもしれない。
でもね、私は父の血が流れている事が嫌だった。父は根っからの音楽家だったの。だから私は小さい時からピアノを弾かされたり、バイオリンを弾かされたりしてきたわ。でもね、好きじゃなかったのよ。私が興味を持ったのは音の旋律よりも言葉の旋律だったの」
「詩の方が好きだったって事ですか?」
「そうね。だから今も大学でボードレールの詩の勉強をしている。ロマン・ロランをやっているのはクラシック音楽の名残かな。あの人、ジャン・クリストフの他にベートーベンの一生について書いているから」
「でも、それならいいじゃないですか。好きな事を勉強出来ているんだし」
「私いくつに見える?」
「え、ぼくの二つ上の学年ですから、二十二歳。あ、でもぼくは浪人しているので二十一歳ですかね」
「私、今年で三十歳よ」
「え?」
言葉を失った。
「私ね、この大学に来る前に音楽大学に何度も何度も落ちているの。ずっと音楽一本で生きてきたのよ。好きじゃないのに。ショパンの曲なんて何回も練習しすぎてショパン本人が嫌いになったし、モーツァルトなんて顔も見たくない。バッハもシューベルトもブラームスもマーラーもみーんな嫌い。大嫌い」
歯を出してイーッとする千秋さんはとても三十歳には見えなかった。子供のようだった。
「それじゃ、なんで千秋さんは音楽を続けたんですか?」
「父が母を殴るからよ。私が父の意向に沿わない事をやるとお前の教育が悪いからだって何度も何度も殴るの。だから私は音楽を続けた」
「ドメスティックバイオレンスですか」
ぼくは悲しくなった。何に悲しんでいるのかわからないが悲しくてたまらなかった。
「でもさ、音楽家の人って音楽を聴くだけでわかっちゃうんだよね。私が音楽を嫌いな事。あなたの弾く曲は心に響かない、だってさ。何度も何度も試験落とされちゃった。その度に母は父に殴られて私は自分が嫌になった。
でもね、やっぱり人間って自分がかわいいのね。私の心の中には悪が住んでいた。私が失敗したら私が罰を受ければいい。なのに私が失敗したら母が罰を受けている。それはおかしいことなんだって普段は理解しているの。
でも実際父が母を殴っている時、そのまま母を殴り続けていいから私は殴らないで。って、心のどこかで願っているのよ。そんな自分の中の悪に気がついた時、家を出たの。自分で働いてなんとか暮らした。
逃げ出したの。私はこの二人の娘である資格がないと思った。それに私がいなければ母が殴られる事もなくなるんだろうなって思った。でもそれは考えが甘かったわ。父の暴力はよりひどくなり、母は薬に逃げるようになった。
最初は睡眠薬。精神安定剤。そして麻薬。薬だけが心のよりどころだったのね。最後には幻覚が見えるようになって、父を刃物で刺したの。
その後、母は街に出て多くの人をその刃物で切り付けた。私を殺さないでって叫んでいたらしいわ。母はその場で取り押さえられて逮捕された。でも、その後すぐに精神病院に入院して今もそのまま。
結局ね、母がしたことは薬物性精神障害で無罪になった。でも、世間はそういう目では見てはくれないのね。たとえ無罪でも加害者の家族は社会的に葬られる。マスコミに追いかけられ、雑誌には顔をさらされ、色々なところで誹謗中傷された。
私はハーフだから本当の名前は日本名じゃないのよ。それがまたみんなの記憶から消えない原因にもなった。その時に働いていた場所はクビになったし、どこにも雇ってもらえなくなった。常に犯罪者の娘っていう名札が付きまとった。
私の居場所がなくなったの。だから私は全部を変えた。借金して整形手術をしたのね。その借金を返済するために私は体を売ってお金を作った。
でもね、姿を変えても私の心の居場所はなかった。誰かに抱かれた夜に空を見ると、必ず決まって月が不気味に笑うのよ。忘れるな、お前をいつも見ているぞって。
いたたまれなくなる気持ちを何とか平静に保つために沢山の買い物をしたわ。買い物依存症ってやつね。それでまた借金をする。その借金を返すため誰かに抱かれ、その度にいたたまれなくなり買い物する。その繰り返し。
気がついたら借金はどうしようもない額になっていたわ。そんな時に神田さんに出会ったの」
「神田さんって、あの神田さんですか?」
「そう。伊波君もよく知っている人。神田さんはね私のお客さんとして知り合ったの。でもね、彼は私を抱かなかった。私の手を優しく引いて人生やり直さないか? って聞いてきたの。俺も人生をやり直したい。だから君も人生をやり直さないかって。
それで作ったのがサークルアノニム。話を聞いた時は面白い発想だと思った。名前なんて戸籍を確認しない限り、自己申告の名前が通用するでしょ?
それにね、不思議とね、一番騙されるのは私本人なのよ。自分で水谷千秋って名乗って、みんなからそう呼ばれるようになると、本当に生まれた時から水谷千秋っていう人間だったんじゃないかって錯覚するの。
そう錯覚する時だけでも私は少し心の重荷が下りた。人間の財産ね、思い込みっていうのは。忘れる事、思い込みが出来る事。この二つがあれば人生が少しは辛くなくなる。
サークルアノニムに興味を持った私は彼のお金で大学を受験してこの大学に入った。そして名前を水谷千秋と変えて新しい生活を始めた。神田さんも名前を変えて新しい生活を始めた」
「聞いてもいいですか? 千秋さんの本名はなんてお名前なんですか?」
「聞きたい?」と言った後、千秋さんはぼくの耳に近づき、優しく彼女の本当の名前を囁いた。とても美しい響きだった。その時初めてぼくは彼女の事が好きなのだと気がついた。恋をした。
「素敵な名前ですね」
「ありがとう。本当はね、結構気に入っているのよ。でもね、この名前じゃ社会は許してくれない。新しい名前を手に入れた時は嬉しかった半面、この名前を捨てるのはちょっと悲しかったな」
「でも神田さんも言っていました。名前が自分なのではない。自分が自分なのだって」
「そうね。でも、伊波君には本当に悪いことしちゃったね」
「何がですか?」
「アヘンの事。あれはね私の借金を返す為に神田さんが考えて始めてくれたことなのよ」
「気にしないでください。ぼくの事はいいんです。ぼくの責任ですから」
「今でも時々、良心の呵責に耐えられなくなる。自分が自分に潰されそうになる。母の人生を壊したものでみんなの人生を壊しているから」
「だからアヘンを吸うんですか?」
「私は弱いから。考えない事が考えられないの。常に頭の中に何かがいて私を脅かすの。だから、アヘンを吸って何かと闘っているのよ」
ぼくに何が出来るかを考えた。必死で頭の中を探した。でも、ぼくに出来る事はひとつしかなかった。ぼくは千秋さんの手を取ってロングピースの空箱を渡す。
「ぼくがあなたを救いますから。今から千秋さんは変われますから」
千秋さんは、ぼくをそっと抱きしめた。そして一言、ありがとうと言った。
【ブログ小説】映画のような人生を:第三十六章「千秋」あとがき
さて、今回の内容について語るのは少し野暮のような気がするので、冒頭で話をした『世紀末の詩』というドラマについてもう少し語ろうと思います。
ちょくちょく他の場所でも『世紀末の詩』の魅力について語っていますが、まずはその馴れ初めから。
当時、野島伸司信者だった少年の僕は、『すてきな片想い』から始まり、『101回目のプロポーズ』やら、『高校教師』、『ひとつ屋根の下』、『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』、『未成年』、『聖者の行進』などなど、何か観てはいけない背徳感のようなものを感じながら親に隠れて観ておりました。
僕が小学生とか中学生の頃ってドラマを観ているとマセている子供みたいに言われていて、それに加えて野島伸司の作品はどことなく暗い影のようなものを持ったものが多かったんですよ。
それでも何か観ていると心がモゾモゾして、その感覚がたまらなかったのです。眠い目をこすりながらも頑張って起きて観ていましたね。
そんな中、今までの野島伸司作品とは一線を画したドラマが放送されました。それが『世紀末の詩』です。
冒頭にも書きましたがオムニバス形式で毎回ゲストが変わって、その人を中心に話が進んでいくドラマなんですが、その当時大人気だったイケメン俳優の竹野内豊が三枚目のキャラとして描かれております。
それがあまりにも世間に受け入れられなかったのか、野島神話崩壊とか言われるぐらい視聴率が良くなくて、未だにDVD化もされていないんですよ。
でもね、野島伸司信者の僕としては、これこそが野島伸司なんですよ。
その後も『リップスティック』とか『美しい人』とか『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』とか数々のリバイバルヒット(レベッカ、ジェーン・バーキン、ABBAなど)を引き起こしたドラマを観てきましたが、僕の中では『世紀末の詩』が頂点なんですよ。
未だに僕がVHSデッキを捨てられないのは、世紀末の詩のVHSがあるからで、Blu-Rayでも出てくれないものだろうか?とずっと思っておりますが、野島伸司の作品ってちょくちょくDVD化からはじかれているの多いんです。
なので、おすすめだから観て!って言いたいのに、気軽に勧められないのが歯がゆい。
それはそうと、最近再び『世紀末の詩』を観てみたんです。それで当時全く気が付かなかったけど、新たに発見したことがあります。
主役の二人、竹野内豊と山﨑努の役名前が野亜亘と百瀬夏夫なんですが、これって聖書からとっているんですね。ノアの方舟のノアとモーセの十戒のモーセ。
意外と世紀末の詩って、名前に関して言及しているものが多かったんです。
最初に紹介した牧野千秋もね、最初の方はなんて事ない端っこの役だと思っていたんです。でもそれがラストの方で非常に重要な存在だったと明かされて、その理由を聞いた時に度肝を抜かれました。
うぉおおお!!すげー!名前にそんな理由が!と。
もしかしたら、その当時の僕が造詣が浅かっただけで、使い古された手法だったのかもしれませんが、僕にとっては画期的だったのです。
実はこのブログ小説に関しても所々で野島伸司のドラマの影響を受けております。なのでまぁ、知っている人からすると、なんか聞いた事ある考え方だなとか思われるかもしれませんね。
たとえば第二十二章「信疑」に出てきた千秋のセリフの「信じる、疑わない」っていうのも野島伸司のセリフにもろに影響受けています。あの人、一見普通に見える事を言い方変えて真理だと思わせる表現がすごいんですよね。
愛ってのは信じることですらないのかもしれん。愛ってのはただ……疑わないことだ
うん。大好きだわぁ。百瀬夏夫のセリフです。
そう考えると、僕のこのブログ小説は、僕が小さい頃から吸収してきたありとあらゆるものの混ぜ合わせのような作品です。
それを消化して、練り合わせて自分のオリジナルに昇華しきれていないところが多々ありますが。残りもあと三回。そんな未熟な作品でもよろしければ、お付き合いくださいませ。
ではでは、【ブログ小説】映画のような人生を:第三十六章「千秋」でした。
野口明人
ここまで読んでいただき本当に、本当にありがとうございました!
「荒ぶる魂を○○に変えて」「サービスだぞ」この2つは百瀬夏夫の口癖なんですが、当時、僕の口癖でもありました。中二病バンザイ!
【ブログ小説】映画のような人生を:次回予告
注意:
ここから先は次回の内容をほんの少しだけ含みますが、本当に「ほんの少し」です。続きが気になって仕方がないという場合は、ここから先を読まずに次回の更新をお待ち下さいませ。
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ぼくは千秋さんと別れ、自分の部屋に戻った。
次回へ続く!
【ブログ小説】映画のような人生を:今回のおすすめ
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