ブログ小説の十七回目の更新。友達の顔について。
久しぶりにあった友達の顔を見て、あれ?こいつの名前なんだったっけな…。というコントみたいな状況に出会ったことはありますか?
向こうはこっちの名前を覚えていてくれるのに、どうしても名前を思い出せない。あれは人間の記憶の構造上、顔のような映像情報は後頭葉が、名前のような文字情報は前頭葉が覚えているかららしいです。
つまり、顔と名前は別々の場所で覚えているんですね。映像に対する脳は非常に原始的で、敵か味方かを判断して状況判断を行えるようになっているようで、すぐに思い出せる。
一方、文字に対する脳は本能ではなく、生まれてから身につける知識のようなものなので、名前は中々思い出せないという事のようです。
ちなみに、サラリーマンなどだと名刺を交換する事も沢山あると思いますが、その時に映像として相手の顔と名刺を並べてセットで覚えておくと、忘れにくいんだそうですよ。
こう、相手にもらった名刺を相手の胸らへんに当てたりしてね。銀座で人気のスナックのママさんがテレビで言っておりました。
…という事で、過去に書いた小説をブログ形式に変換して投稿していく企画。小説自体のタイトルは映画のような人生をです。
全部で39章分あるのですが、今回はその中で第十七章「友達の顔」をお送りしたいと思います。よろしくどうぞ。
【ブログ小説】映画のような人生を:第十七章「友達の顔」
「そうっすね。ちょっと難しい話でしたけど、興味は持ちました。まだ何をどうやるのかとか具体的な話はわからないですが面白そうです。な、千葉も面白かったよな」
「そうやな。話自体はおもろかったんやないかな」と千葉は元気なさそうに言った。
「あれ、どうした千葉」
ぼくは千葉が心配になった。
「いや、なんでもない。あの講堂、むっちゃ暑かったやろ。きっとその暑さでやられてしもうてん」
「確かにあの講堂暑かったからな。水分とった方がいいぞ、ちょっと待ってろ」
ぼくはサイダー瓶を買いに走った。気持ちが高ぶっていたためか体が軽かった。うずうずして仕方がなかった。
「あ、ちょっと……」
千秋さんが何か言ったような気がするが、ぼくは千葉が心配で、とにかく早くサイダーを渡してやりたいと思い、近くの駄菓子屋まで走り続けた。
蝉はまだ泣き続けていた。夕焼けが妙に綺麗に見えた。蝉もぼくも一生懸命生きている。
駄菓子屋のおばちゃんにサイダー瓶三本分のお金を払い、サイダーを受け取った。すぐに千葉に渡してやろうと急いでその駄菓子屋を出ようとしたところ、ちょうど入ってきた男とぶつかった。
「あ、すいません」
ぼくはとっさに謝った。
「いえ、こちらこそ」とその男は言った。
どこかで見たことのある顔だった。もちろん、どこかと言ってもこっちに来てからサークル巡りをした時ぐらいしか人に会っていないわけで、その時の一夜限りの親友なのだろうけど、名前は出てこなかった。
「あ、久しぶり」と、とりあえず言ってみた。名前はわからないが、確かに一度会ったことがあるはずだ。
「えっ」
男は小さく驚き、少し間を開けてから「おお、久しぶり、伊波じゃん」とぼくの名前を呼んだ。
こんな状況、前にもあったなと思いつつ、相手の名前がわからずに声をかけた事を後悔しはじめていた。まさか、向こうがぼくの名前を憶えていたなんて思いもしなかった。
お互いに名前を忘れていて、改めて自己紹介する予定だったのに予想が外れた。以前と違うのは、ぼくから声をかけてしまった事だ。これでは相手に名前を聞くに聞けない。
「入学以来、全然会っていないな」とぼくは言った。確かそのはずだ。
「そうだな。意外に会わないもんだな。最近伊波はちゃんと授業受けているか?」
「最近は、ちょっとサボり気味だな。授業が面白くなくてね」
千葉の時と同じだ。
「そりゃそうだな。大学の授業なんて面白くないもんだよ。俺も最近は自主休講が多くなってきたし。単位だけ取れりゃいいんだよ」
「自主休講ね。ぼくも増えてきた。ところで、お前、今何してたの?」
名前の代わりにお前と呼んだ。日本語は便利だ。目の前にいれば「お前」で通じる。
「俺は今、サークルに行ってきた帰りだよ」
「あ、ぼくもサークルに顔出してきた所。んで、暑いからサイダー飲もうと思って」とぼくはサイダー瓶を見せた。
「お、いいな。俺もサイダーにしようかな」
その男はサイダーを一つ買う。
「サークルって、お前どんな所入ったの?」
ぼくは持っているサイダー瓶を一つ開けて一口飲んだ。
「いや、前までテニスサークルに入っていたんだけど、いまいち面白くなくてさ。今日、新しいサークルの説明会に行ってきた所だ」
その男もサイダー瓶を開け、一口飲んだ。
「説明会? もしかして、アノニムって所だったりする?」
「あ、そうだけど、なんで? 有名なの?」
「ぼくも今日、そこの説明会に行ってきたんだよ。偶然だな」とサイダーに咽ながら言った。こいつの名前は相変わらず思い出せない。
「そうなんだ。伊波もあのサークル入ろうと思っているのか」
「今日の話、ちょっと宗教みたいな感じだったけど、それでも面白かったよな?」
「確かに面白かったな。名前を変えて人生をやり直すなんて、ちょっとドラマみたいじゃないか。でも確かに大学デビューの話聞いて納得したよ。自分なんてものは人が勝手に認識するものだよな。自分さえ黙っていたら違う名前を名乗っていたって周りはそれで呼ぶだろうし。高校の時と違う自分を演じたとしても、大学で初めて会った奴にはそれがあいつなんだって認識するだろうし。さらに顔なんて整形しちゃったら完全に誰もわからないよな。」
「そうだよね。ぼくがぼくであることはぼくにしかわからないし、周りがぼくを違う名前で呼んだらそれが当然になるもんね。簡単なところでいえば、あだ名とかそうでしょ? 本名は伊波春人だけど、小学校の時はなぜかイバちゃんだったもんな。イバちゃんが広まってくるとイナミハルヒトの響きの方が嘘の名前みたいな感じがしてくる。今はさ、整形とか気軽に出来るようになったし。顔も交換、名前も交換なんて時代がくるかもしれないよな。周りの人間がころころ変わっちゃうの。たとえば、お前がすでに顔整形して名前も変えていたりしてな」とぼくは冗談を言う。
「どうしてわかった」真顔でその男は言った。
「えっ」
唖然とした。声を失うとはこういう瞬間を言うのだろう。世界から音が消えた。
「嘘だよ、嘘。俺は正真正銘の加藤だよ。名前も変えていないし、顔も変えていない」とその男は笑った。
「なんだよ。ビックリさせんなよ。そうだよお前は加藤だよ」
ぼくは少しほっとしながら言った。世界が再び音を奏で始める。
こいつの名前は加藤か。しかし、その響きにいまいちピンとこなかった。覚えていなかった。それが少し申し訳ない気がした。ぼくの名前は覚えてくれているのに、ぼくは覚えていない。最低だ。これじゃぼくの元に人が集まらないのも当然だろう。
これからは気を付けようと思う。あの声が聞こえそうだ。
「あ、加藤悪い。人待たせているんだった。お前もあのサークル入る予定だろ。また今度サークルで会おう」
気まずさを隠すために早急に別れを告げた。頭痛はない。
「おう。たぶんこのサークル、おもしろそうだし顔を出すわ。それじゃ、またな伊波」
加藤はサイダーを一気に飲み干して、おばちゃんに空き瓶を返しに行った。
ぼくは千葉と千秋さんの分のサイダー瓶を持って走って戻った。加藤の顔と名前はもう忘れない。
【ブログ小説】映画のような人生を:第十七章「友達の顔」あとがき
さて、いかがでしたでしょうか。今回のサブタイトルも元の小説のまま「友達の顔」を採用したのですが、ブログ小説的に別のものが良かったかな。
友達の顔って検索する人いなそうですもんね。
でも今まで17回と更新してきましたが、ちょっと思った事があります。
サブタイトルだけで本当に読まれるかどうかが決まるのだろうか?という事です。
もちろんブログではタイトルは重要です。
しかし、「【ブログ小説】映画のような人生を:」と、ある程度共通のタイトルを付けている時点でそれは適応されているのではなかろうかと。
これがテスト出来ないのが辛い所なんですよね。
たしかに章分けして、読まれている章とあまり読まれていない章はあります。
しかし、それは中身が違うものなので、一概にタイトルが悪かったからという事にはならないのです。
今日とまるっきり同じ本文でタイトルだけを「【ブログ小説】映画のような人生を:第五章「サイダー日和」」と変更したら、それは読まれるようになるのでしょうか。
そのテストをしたい所ですが、現実的に考えてちょっと難しい。
なので、もうサブタイトルで色々と考えるのを辞めることにしました。まぁ、あとがきに書くことがなくなってしまいそうですけども。
とりあえず次回のあとがきではサブタイトルうんぬんについて語ることは辞めにします。
あー、次回は何書こうかなぁ。ブログ小説の中身だけだそうと思って始めたブログ小説だったのだけれど、最初に道入部分とあとがきを書いちゃったからなぁ。毎回考えなければならなくなってしまった。
とりあえず今回はこんな感じのあとがきで。最近のショートストーリーでも書こうかな。このあとがきが実は、作品とリンクしていたなんてあったら面白いかも。
それこそ、ブログ小説ならではのカタチかな。フィクションとノンフィクションが混じり合う感じが。
ではでは、【ブログ小説】映画のような人生を:第十七章「友達の顔」でした。
野口明人
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
【ブログ小説】映画のような人生を:次回予告
注意:
ここから先は次回の内容をほんの少しだけ含みますが、本当に「ほんの少し」です。続きが気になって仕方がないという場合は、ここから先を読まずに次回の更新をお待ち下さいませ。
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ぼくが戻ると、千葉と千秋さんは楽しそうに二人で話していた。話しかけることに躊躇した程だ。そんな二人の仲を微笑ましく思った。そして、少し嫉妬した。
次回へ続く!
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