ブログ小説の十二回目の更新。生姜焼き定食について。
生姜焼き定食って本当に美味しいですよね。あれさえあれば、ご飯が何杯も食べられちゃうぐらい素晴らしいおかずだと思っています。
しかし、そんな生姜焼き定食を食べても、全く味がしない時期が僕にはありました。あんなに濃くてしっかりした味付けの料理のはずなのに、味を認識できないのです。
心と体はつながっている。そう知ったのはあの頃でしたね。精神的にやられていると、体の調子もおかしくなってくる。
…という事で、そんな経験を元に過去に書いた小説をブログ形式に変換して投稿していく企画。小説自体のタイトルは映画のような人生をです。
全部で39章分あるのですが、今回はその中で第十二章「生姜焼き定食」をお送りしたいと思います。よろしくどうぞ。
【ブログ小説】映画のような人生を:第十二章「生姜焼き定食」
「自分が自分である証明ですか。それってデカルト的な答えですか? 我思う、ゆえに我あり、みたいな」
やはり千秋さんに気に入られるべくフランスの哲学者を引っ張り出して答えた。
「うーん。人の答えを引用せずに、自分を証明してみて欲しいな」
眉間にしわを寄せながら千秋さんは答えた。その姿も美しい。
「そうですね。自分を証明するとなると、どこどこの街で生まれて、どういう少年期を過ごし、高校では何々の部活に入り、など今までの生い立ちを最初から何時間もかけて説明するぐらいしか思いつきませんね。さっきの千秋さんがしたヒトラーの話もヒトラー自身がしたら自分の証明になるんじゃないですか?」
「もし時間をかけないで、今すぐ端的に証明するとしたら?」
「難しいこと聞きますね。うーん。ぼくは伊波春人です、って言うぐらいですかね」
「それ!」
千秋さんは突然飛び跳ねて言った。ぼくにはイマイチよくわからなかった。どれなのだろう。
「実際ね、自分が自分である証明なんてものは論理で筋道立てて証明しようとしても難しくて出来ないのよ。私たちに出来るのは自分の名前を言うことぐらい。それがね、私たちが入っているサークルの主な活動なの」
「どういう事ですか」
全くちんぷんかんぷんだった。名前を言うことが活動。どういう活動なのだ。さっぱりわからない。
「つまりね、私たちは幸せになろうってことなのよ。幸せになるためには名前が必要なのよ」
熱を帯びて千秋さんは言う。
「頭がこんがらがってきました」
わからなかった。サークルに関して千秋さんが言いたい事が何一つ理解できなかった。名前と幸せの繋がりも、サークルがどんな活動をしているのかも。これでは今日ここに来た目的を達成出来ていない。サークルの具体的な内容を聞かせてもらおうと思ったのに、具体的どころか、話はどんどん抽象的になっていく。
「どう、入ってみない?」
千秋さんは顔を近づけてきた。ぼくはぎょっとした。この人は綺麗でいてかつ、天真爛漫過ぎる。
どうするべきなのだろうか。待望のサークルのお誘いだ。これを待っていたのだ。待っていたはずなのだ。なのに迷っている。理由はなんだろう。サークルの内容がよくわからない事への不安か。それとも、そもそもぼくは人と関わることが苦手なのだろうか。
『お前は一生そのままなのだ。お前が特別? そんなはずないじゃないか。お前は誰からも必要とされないし、お前がいなくても何も変わらない。この女性もお前が入ろうが入らなかろうがどっちでもいいのだ。これは形式的なお誘いなんだよ。いいのかそれで。お前はそんな陳腐な優しさに流されるのか。特別なんだろう? お前はそれすら証明出来ないじゃないか』
またあの声が聞こえた。ぼくはあまりの頭の痛さにトイレに立った。
「大丈夫か。伊波、体調悪いんか?」
トイレまで千葉は気を使って来てくれた。
「いや、大丈夫。暑さのせいでフラッとしてしまっただけだ。夏バテかもしれないな」
「夏バテって、まだまだこれからやろ。もっと暑くなるで。しっかり食わんとあかんよ」
「お前、人のヨーグルト食べておきながらよく言うよ」
「なんや、気がついとったんかいな。俺も腹がへってしもうてのう。三時のおやつっちゅうやつや。それに元々俺のおごりやんけ。小さいこと気にせんといて」
「まぁ、ヨーグルトの事はいいとして、お前さっきの話、よくわかったか? 名前がどうのこうのってやつ」
「そーやな、わかった所半分、わからん所半分って所や。でも世の中、自分の知っている事だけで判断したら世界広がらんからな。人間には防衛本能っちゅうもんがあって、伊波はそれが働いとるんやろうな。知らんことには触れんほうがええって。でもどうや。千秋さん、だいぶ綺麗な方やろ。あんな人が入っとるサークルやで。興味持たん方がおかしいやろ」
千葉はぼくの背中を軽く叩いた。
「でも昨日もお前が言っていたけど、サークルって、自由時間を楽しみつつ、社会に出る前の最後の人間関係のお勉強する所なんだろ? わけのわからないサークルに入ってしまったら、それこそ最後の自由時間をパーにしそうじゃないか」
「アホやな、伊波は。それこそ普通のありきたりなサークルなんて入ってしもうたら、ぬるま湯に浸かっておしまいや。社会人になってみい。ほとんどの事がよーわからんことばかりや。お前は少しばかりわからんことがあるから社会人になるの辞めます、って言えるか? ちゃうやろ。今のうちにわからんことでも吸収しようという意欲を持って、適応できるようにするのがサークルの賢い活用の仕方や。ちょっとばかし、中身が見えない方が開けるの楽しみやないか、プレゼントにしても何にしても」
「そういうもんかね」
「そういうもんや。な、一緒に入ろうや。んで、つまらんかったら、また他の探したらええ。辞めちゃあかんっていう規則はないんやし、在学中はいくらでもサークル探せるんやから。伊波が合わんかったら、また俺が他ん所探したるし」
「お前、本当にいいやつだな」
ぼくは涙ぐんだ。最近のぼくは涙脆くて駄目だ。
「なんや、伊波気持ち悪いやっちゃな、こんな事で泣くなや」と千葉は笑った。
ぼくらは千秋さんの座る場所に戻り、サークルに入ることを承諾した。その時に食べた生姜焼き定食はしっかりと味がわかった。
【ブログ小説】映画のような人生を:第十二章「生姜焼き定食」あとがき
いかがでしたでしょうか。生姜焼き定食というサブタイトルがついているにも関わらず、生姜焼き定食は最後にちょこっと出てくるだけの今回の内容。
元々のサブタイトルも「生姜焼き定食」でしたが、本当は「サークル」って名前をつけようと思っていたんですよ。今回の言葉の中で一番良く使われたキーワードだし。
ただ、この文章を頭の中で作っているときに、イメージとして強かったのは、主人公の前にある生姜焼き定食の映像なんですよね。
生姜焼きに手を付けずに千秋さんの話を聞いている伊波。前回のあの長い話を聞いた後なので、もうとっくに生姜焼きは冷めてしまっています。
それでも食べたときに美味しさを感じる生姜焼き定食のポテンシャルの高さ。冷めても美味しい食べ物ランキングというのがあったら、おそらく焼売とともに上位に入ってくるんじゃないでしょうか。
…ん?一体僕は何の話がしたいのだろう。いよいよあとがきに書くことがなくなってきました。
不思議なサークルに参加するようになった伊波。彼の心は一体どうなっていくのか。次回もお楽しみに。
ではでは、【ブログ小説】映画のような人生を:第十二章「生姜焼き定食」でした。
野口明人
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
【ブログ小説】映画のような人生を:次回予告
注意:
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その日の夜、千葉と一緒にサークル決まった記念でバーに飲みに行った。場所は大学からそう離れていない小さめのバーで、クラシックの曲が流れていた。バーに行くのは生まれて初めてだった。都会の匂いがした。
次回へ続く!
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